【たまには図書館においでよ】

 私は先日何となく、「図書館に行ってみよう」と思いたち、佐伯区図書館に足を向けた。
何にしても本を読むと言うこと自体が久し振りで、来てみたが、さて何を読んだらいいものか、悩んだ末に正面に並んだ本棚に、(広島郷土史)なる文字が目に入り、早速手に取り大きな項目を拾い読みしてると広島大本営下りで段々と引き込まれることになり、時間の経つのも忘れ、小首を動かしながら読み切った。普段自分たちが何気なく見、通っている場所も、活字で見るとなにかしら感慨を新たに読み返すものだ。
 その話はこうだ。
明治4年(1871年)新兵制度の拠点として全国に4つの鎮台があり、広島にも鎮西鎮台の第一分営が設けられた。
安芸、備後、備中、出雲、石見、周防、長門、隠岐を管轄、更に明治6年広島鎮台となり第5軍管区を管轄、19年に第5師団となり、各種部隊が設営。明治22年には宇品港が軍事輸送基地として誕生した27年には兵隊輸送ルートとして宇品線が開通。当時広島は、軍都としてかって無い賑わいをみせた、同年日清戦争勃発、朝鮮で東学党の乱が起きると6月には出兵が決定、全国の兵士が集結し、宇品より出港。
27年9月15日天皇は大本営を広島に移し、10月18日臨時議会を召集。1億5000万の軍事予算を可決し、10月22日閉院したその後4月27日天皇は広島を発ち、大本営も京都に移動した。
と、この様な話であるが、何か近頃のご時世が被さって見えるのは私だけであろうか?

  

                                                   西部分会  尾崎 利喜